「シーツの海」


「だから言ったんだ。もっと早くに入ろうって」
「うるさい。部屋があっただけ良かったと思え」

そうは言われても、ここに自分たちが寝るのはどう考えても無理だろう。
けっして身体の小さくない、自分とディーンが。

「なんで今夜に限ってツインが空いてないんだ」
「仕方ないじゃん。ディーンがあの悪魔を祓うのに手間取ったから・・・」
「おい、俺のせいだって言うのか。じゃあ言わせてもらうがな、塩を車に忘れていったん取りに戻ったのはどこのどいつだ?え、サミー坊や」
「やめようよ、もう。悪かったって謝ったんだから。こんなこと言い合ったって、ベッドが2つに分かれるわけじゃないし」
「そうだな。ああ、・・・くそ、なんでダブルなんだよ」

そう、目の前にあるのはダブルベッドがひとつ。

2人は途方に暮れていた。


こうなったのには当然訳があった。
悪魔祓いでは入念な準備と、確実な手順が要求される。
だが、どうしたわけか今夜の2人は初めて実戦をしたときのようなミスを犯した。サムは清めの塩を車に置き忘れて取りに戻る羽目になった。その間ディーンは1人悪魔と格闘し、人外の力でほおり投げられると雨でぬかるんだ地面に転んだ。そして大事な武器を手から離してしまったのだ。
なんとか悪魔は、塩を持って戻ってきたサムと力を合わせて祓うことができたが、そのときから兄弟の鬱屈はふつふつと溜まり始めていたのだった。
今夜のモーテルを探しに車を走らせたが、こんな日に限って部屋が空いていない。では車で一晩過ごすかと提案すると、ディーンが泥まみれでは嫌だと言った。夜は更け、ますます部屋は見つからない。にっちもさっちもいかなくなったとき、やっと見つけたのがこのモーテルだった。だが空いていたのは、この一部屋で、ベッドはダブルのみ。サムとディーンの、けっして長くはない忍耐の尾が切れたのは仕方のないことだった。
「年功序列って言葉を知ってるよな、サミー」
「弟に譲ったりしようとは思わないの?」
「兄貴を敬えよ」
「ああ、お年寄りは大事にしないとね。いいよ、ディーン、ベッドで寝なよ」
弟の慇懃な物言いにディーンはぴくりと形のいい眉を上げた。
「おい、年寄りとはなんだ。俺はまだ27だ」
「はいはい。早くシャワー浴びてきちゃいなよ。僕はあのソファ使うから」
「はあ?お前がソファなんかで寝たら、転げ落ちるに決まってるだろ」
いかにも安そうな備え付けのソファは、サムなんかが横になれば一発でスクラップ行きだ。
だがこれ以上どうしろと言うのか。ベッドはひとつ、大男が2人。どろどろに疲れた身体を持て余して。早いところ寝てしまいたいのが胸の内だ。だから、サムはたとえ自分がソファで寝ることになろうと、車の中で寝ることになろうと、床でだろうととにかく1分でも早く目を閉じたかった。
「じゃあディーンがソファで寝る?」
「嫌だ。ソファで寝ると身体が痛くなる」
・・・八方塞だ。このまま朝を迎えてしまいそうな気すらした。
だが、ディーンは逡巡のあと、「2人でベッドに寝るしかないな」と言った。
サムは驚きで眠気が吹き飛んだ。
「は!?」
「まあ、多少はきついかもしれんが寝れないこともないだろ」
いや、無理だから。サムは即座に否定した。
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